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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)41号 判決 1994年10月13日

愛知県刈谷市昭和町1丁目1番地

原告

日本電装株式会社

同代表者代表取締役

石丸典生

同訴訟代理人弁理士

碓氷裕彦

伊藤洋二

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

唐沢勇吉

岩野進

奥村寿一

関口博

主文

特許庁が平成2年審判第8831号事件について平成5年1月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決。

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「内燃機関用スパークプラグ」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和56年2月4日、特許出願(以下「本願」という。)を行なったが、平成2年3月26日、拒絶査定を受けたので、同年5月24日、これに対し、審判請求をしたが、同3年12月4日、本願について、出願公告(特公平3-75994号)がされた。その後、特許異議の申立てがなされたので、原告は、平成4年9月28日、手続補正を行なった。

特許庁は、上記請求を、平成2年審判第8831号事件として審理した結果、平成5年1月28日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をなし、その謄本は、同年3月11日、原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

絶縁碍子と、

この絶縁碍子に保持され、胴部よりも小さい径小部が先端に形成された中心電極と、

前記絶縁碍子の外周面に固定されたハウジングと、

このハウジングに設けられるとともに、前記中心電極の前記径小部に対向した接地電極とからなる内燃機関用スパークプラグであって、

前記中心電極の前記径小部または前記中心電極の前記径小部に対向する前記接地電極のいずれか一方に設置され、他方の電極に対向する平面部を有する偏平形状の貴金属プレートと、

前記一方の電極に形成され、かつ前記貴金属プレートの前記平面部の全外周に形成される、前記一方の電極より成る盛り上がり部と、

からなることを特徴とする内燃機関用スパークプラグ(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨

<1> 本願発明の目的は、

内燃機関用スパークプラグにおいて、「貴金属チップをプレート状になして貴金属の大きさを小さくできたにもかかわらず、容易に貴金属プレートを電極に固定可能とさせること(平成3年7月9日付け手続補正書別紙4頁1行ないし4行)であり、

<2> 本願発明の構成に欠くことができない事項は、前記2の特許請求の範囲の記載のとおりである。

<3> そして、本願発明は、<2>により、以下の効果を奏する。

(a) 使用すべき貴金属として、偏平形状の貴金属プレートを採用しているので、貴金属ロッドを使用した場合に比べて、貴金属の使用量を極力少なくすることができる。

(b) 貴金属プレートは、その全周にわたって電極により確実に保持されるので、偏平形状の貴金属プレートであっても、電極に強固に固定することができ、剥離といった問題を確実に回避することができる。

(2)  引用例の記載

<1> 米国特許第2296033号明細書、1942年9月15日特許(以下「第1引用例」という。)には、

「絶縁碍子(第2図において絶縁体10’として示されている。)と、

この絶縁碍子に保持され、胴部(同図において中心電極の上部20’として示されている。)よりも小さい径小部(同図において熱良導充填剤16’が充填された中心電極の下部として示されている。)が先端に形成された中心電極と、

前記絶縁碍子の外周面に固定されたハウジング(同図において殻12として示されている。)と、

このハウジングに設けられるとともに、前記中心電極の前記径小部に対向した接地電極(同図においてU字形側部電極として示されている。)とからなる内燃機関用スパークプラグであって、

前記中心電極の前記径小部又は前記中心電極の前記径小部に対向する前記接地電極のいずれか一方(第2図においてはU字形側部電極に相当する。)に設置され、他方の電極(同図においては中心電極に相当する。)に対向する平面部を有する偏平形状の貴金属プレート(同図においてチップ18’として示されている。)と、

からなることを特徴とする内燃機関用スパークプラグ」が記載されている(別紙図面2参照)。

<2> 特開昭51-87637号公報(以下「第2引用例」という。)の記載事項(別紙図面3参照)

(a) スパークプラグ(点火栓として、記載されている。)の電極軸に貴金属チップ電極を接合する際、突合わせ抵抗溶接によって平面的に溶接層を形成しただけでは、構造的に接合を補強することができない(1頁右下欄14行ないし16行)。

(b) チップ電極を電極軸の端面に当接させ、チップ電極側から電極軸側へと押圧力を与えた状態でチップ電極と電極軸との間に通電すると、チップ電極と電極軸との接触面が溶接されるとともに、電極軸の端部は通電により加熱され、軟化する。このとき、電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分には膨らみが生じる(2頁右上欄17行ないし左下欄10行)。

(c) チップ電極の周側面に、加熱により軟化し押圧力により変形した電極軸の変形部が接しているので、チップ電極と電極軸との接合が強固である(2頁右下欄10行ないし14行)。

(3)  本願発明と第1引用例記載の発明との対比

<1> 一致点

絶縁碍子と、

この絶縁碍子に保持され、胴部よりも小さい径小部が先端に形成された中心電極と、

前記絶縁碍子の外周面に固定されたハウジングと、

このハウジングに設けられるとともに、前記中心電極の前記径小部に対向した接地電極とからなる内燃機関用スパークプラグであって、

前記中心電極の前記径小部または前記中心電極の前記径小部に対向する前記接地電極のいずれか一方に設置され、他方の電極に対向する平面部を有する偏平形状の貴金属プレートと、

からなることを特徴とする内燃機関用スパークプラグである点で一致している。

<2> 相違点

本願発明は、一方の電極に形成され、かつ貴金属プレートの平面部の全外周に形成される、前記一方の電極より成る盛り上がり部を有しているのに対し、第1引用例記載の発明は、このような盛り上がり部を有していない。

(4)  当審の判断

第2引用例の記載事項(a)によれば、突合わせ抵抗溶接によって平面的に溶接層を形成しただけでは、構造的に接合を補強することができない、というのであるから、第1引用例記載の発明において、貴金属プレートを中心電極又は接地電極に突合わせ抵抗溶接によって接合する場合、貴金属プレートと電極との間に平面的に溶接層を形成しただけでは、構造的に接合を補強することができず、貴金属プレートを電極に強固に固定することができないことは、当業者であれば容易に推認することができることといわなければならない。

そして、第2引用例の記載事項(b)によれば、チップ電極を電極軸の端面に当接させ、チップ電極側から電極軸側へと押圧力を与えた状態でチップ電極と電極軸との間に通電すると、チップ電極と電極軸との接触面が溶接されるとともに、電極軸の端部は通電により加熱され、軟化し、この際、電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分には膨らみが生じる、というのであるから、第1引用例に記載された発明において、電極の材料を適切に選択し、貴金属プレートが接合される電極側の面の面積を適切な大きさに設定しさえすれば、貴金属プレートを電極側の接合面に当接させ、貴金属プレート側から電極側へと押圧力を与えた状態で貴金属プレートと電極との間に通電することによって、貴金属プレートと電極との接触面が溶接されるとともに、貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されるものであることは、当業者であれば容易に予知することができることである。

さらに、第2引用例の記載事項(c)からすれば、貴金属プレートの平面部の全外周に電極より成る盛り上がり部が形成され、当該盛り上がり部が貴金属プレートの周側面に接していれば、貴金属プレートと電極との接合が強固となり、偏平形状の貴金属プレートであっても、貴金属プレートが電極から剥離しやすいといった問題を回避することができることは、当業者であればごく自然に予測することができることである。

以上を総合して判断するに、前記相違点に係る本願発明の構成、すなわち、一方の電極に形成され、かつ貴金属プレートの平面部の全外周に形成される、前記一方の電極より成る盛り上がり部を有している構成は、当業者が、第2引用例の記載事項を参酌することによって、格別の困難を伴うことなく容易に想到することができたといわざるを得ない。

(5)  まとめ

以上のとおりであって、本願発明は、当業者が前記第1引用例及び第2引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた発明であるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものである。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由の要点中、(1)(本願発明の要旨)、(2)<2>のうち、第2引用例の記載事項(a)及び(c)、並びに、(3)<2>(相違点)は認める。その余はすべて争う。

(2)  取消事由

審決は、第1引用例の記載事項の認定を誤った結果、一致点の認定を誤り相違点を看過し(取消事由1)、第2引用例の記載事項(b)の認定を誤った結果、相違点についての判断を誤った(取消事由2)。

<1> 一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1)

(a) 第1引用例の記載事項

本願発明は、貴金属量の多い従来公知の貴金属チップを有するスパークプラグではコストが高いので、貴金属チップをプレート状になして貴金属の大きさを小さくして、コストを節約し、かつ、単に抵抗溶接を行なう方法の溶接後の信頼性が問題となるので、容易に貴金属プレートを電極に強固に固定可能とさせることを目的として、特許請求の範囲記載の構成を採択したものである。

したがって、特許請求の範囲記載の「胴部よりも径の小さい径小部が先端に形成された中心電極」の要件は、中心電極の先端部に特別に径小部が形成されていることを規定することで、貴金属チップが小さいものになっていることを構成上明らかにするものである。

第1引用例(甲第4号証)の第2図には、径の大きい上方部20’と径の小さい下方部16’とから成る中心電極が示されており、中心電極の先端は下方部16’と同径であり、下方部16’の先端に配置されるチップ18’も、中心電極下端と同径となっているから、中心電極の先端部に特別に径小部が形成されておらず、第1引用例には、中心電極の先端端面の面積を小さくして、貴金属チップを小さくするという思想は全く開示されていない。

したがって、第1引用例には、「胴部よりも径の小さい径小部が先端に形成された中心電極」は記載されていない。

(b) 審決は、前記(a)のとおり、第1引用例記載の発明には中心電極の先端に径小部は形成されていないにもかかわらず、中心電極に上方部20’が含まれると解して、その下方に上方部20’より径小である下方部16’が形成されていると誤認した結果、同発明が「径小部」を有する構成であると誤認し、かかる点で同発明と本願発明が一致すると認定し、本願発明が「径小部」を有する構成であるのに対し、第1引用例記載の発明が「径小部」を有していない点で相違することを看過した。

<2> 相違点についての判断の誤り(取消事由2)

(a) 第2引用例の記載事項

特許請求の範囲記載の「前記一方の電極に形成され、かつ前記貴金属プレートの前記平面部の全外周に形成される、前記一方の電極より成る盛り上がり部」は、抵抗溶接の結果として電極が盛り上がって生じる盛り上がり部(別紙図面1の第5図参照)を指すものであることは明らかである。すなわち、「各電極3、4と各貴金属プレート5、6との間に、抵抗溶接により生じる抵抗熱を生じさせ、この抵抗熱によって、各電極3、4と各貴金属プレート5、6との間が軟化されるとともに、各貴金属プレート5、6をこの軟化した部分に対して加圧を行い各貴金属プレート5、6の平面部5a、6aの全周にわたり、盛り上がり部3c、4aを形成する」(甲第2号証4欄42行ないし5欄5行)結果生じる盛り上がり部が本願発明の「盛り上がり部」であり、「一方の電極より成る盛り上がり部」とは、凹孔周囲の薄肉部として予め形成されていたもの(別紙図面4の第1、2図参照)ではなく、電極のうち貴金属プレートの平面部の全外周部分が盛り上がってできたものをいうことは明らかである。

第2引用例(甲第5号証)に記載された接合方法は、その第1図(A)(別紙図面3の第1図(A)参照)に示すように、予め電極1の端部に凹孔1aを穿設しておき(2頁右上欄10行ないし11行)、この電極軸1の凹孔1aにチップ電極2を嵌挿する(2頁左下欄5行ないし6行)ものであるから、貴金属チップをプレート状になして貴金属の大きさを小さくして、コストを節約するという思想は開示されていない。

そして、第2引用例に記載された接合方法は、チップ電極2を凹孔1aに嵌挿するものであるから、凹孔1aの周囲の薄肉部分は、本願発明の「盛り上がり部」に相当しない。

さらに、第2引用例に記載された接合方法は、第1図(C)(別紙図面3の第1図(C)参照)に示すように金具4の開口する孔4aにチップ電極2を嵌挿しつつ電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧(2頁右上欄19行ないし左下欄3行)し、そして、この状態で溶接トランス6を用いた電源から大電流を流し電極軸間を通電する(2頁左下欄3行ないし4行)ものであって、電極軸1の凹孔1a周囲の薄肉部分である端面1bには金具4から直接電流が通電され、薄肉部分の軟化は金具4からの直接電流によってなされるものであるから、チップ電極2と電極軸1との間の抵抗溶接により生じる抵抗熱によって盛り上がり部を形成するものではない。したがって、第2引用例には、チップ電極2と電極軸1との間の抵抗溶接により生じる抵抗熱によって盛り上がり部を形成することは示唆されていない。

(b) 審決は、審決認定の第2引用例の記載事項(b)を根拠として、「貴金属プレートを電極側の接合面に当接させ、貴金属プレート側から電極側へと押圧力を与えた状態で貴金属プレートと電極との間に通電することによって、貴金属プレートと電極との接触面が溶接されるとともに、貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されるものであることは、当業者であれば容易に予知することができることである。」と判断した。

しかしながら、前記(a)のとおり、第2引用例には、電極軸に予め凹孔を穿設することで薄肉部を形成することが開示されているにすぎず、金属プレートと電極との抵抗溶接によって盛り上がり部を形成することは何ら示唆されていないにもかかわらず、審決は、第2引用例の記載事項(b)の認定において、「このとき、電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分には膨らみが生じる」ことが記載されていると誤って認定し、かつ、かかる膨らみを当該電極より成る盛り上がり部とみた結果、盛り上がり部の形成が、当業者であれば容易に予知することができることであると誤って判断した。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1について

<1> 第1引用例(甲第4号証)の記載事項について

内燃機関用スパークプラグにおいて、中心電極は、絶縁体(本願発明の絶縁碍子に相当する。)の中心線に沿って縦方向に貫通し、中心電極のねじ部を利用して絶縁体によって保持され、中心電極の基端側は絶縁体の外部まで延び、接続端子に連結され、先端側の部分が胴部よりも直径が小さい径小部となっている構成が一般的である(乙第1号証369頁)。

第1引用例の第2図における、中心電極の上部20’は、中心電極の下部すなわち熱良導性充填材16’が充填されている細径管の部分より拡大された直径を有している。そして、中心電極の上部20’は、その外周のねじ部を利用して絶縁碍子すなわち絶縁体10’により保持することによって、中心電極の上部20’自体を絶縁碍子すなわち絶縁体10’に対して正確に位置付けするとともに、中心電極の下部すなわち熱良導性充填材16’が充填されている細径管の部分を、シール22及びフランジ24を介して、絶縁碍子すなわち絶縁体10’に対して正確に位置付けしている。したがって、中心電極の下部とシール22とは互いに一体化され、全体として中心電極を形成しており、熱良導性充填材16’が充填されている細径管の部分は、中心電極の全体からみて中心電極の先端部分を構成し、その先端が胴部すなわち、中心電極の上部20’より直径が小さい径となっていることは明らかであるから、審決の、第1引用例には、「絶縁碍子(第2図において絶縁体10’として示されている。)と、この絶縁碍子に保持され、胴部(同図において中心電極の上部20’として示されている。)よりも小さい径小部(同図において熱良導充填剤16’が充填された中心電極の下部として示されている。)が先端に形成された中心電極」が記載されているとの認定に誤りはない。

<2> 前記<1>のとおり、第1引用例記載のスパークプラグは、「胴部よりも小さい径小部が先端に形成された中心電極」を有していることは明らかであるから、審決の本願発明と第1引用例記載の発明との一致点の認定に誤りはなく、相違点の看過もない。

(2)  取消事由2について

<1> 第2引用例(甲第5号証)の記載事項(b)について

第2引用例の「電極軸1の凹孔1aに嵌挿されたチップ電極2の埋設部2aの接面を溶接したのち」(2頁左下欄5行ないし6行)との記載における「接面」とは、「電極軸の凹孔の内部全面でチップ電極を溶接することができる。」(2頁右下欄1行ないし3行)との記載によれば、電極軸1の凹孔1aに嵌挿されたチップ電極2の部分の端面と側周面とを指している。そして、第2引用例の第1図(c)(別紙図面3第1図(c)参照)には、電極軸1の凹孔1a内におけるチップ電極2の端面は電極軸1の凹孔1aの底面に当接して、スプリング4bの押圧作用によって凹孔1aの底面に向けて押圧されていることが記載されている。

第2引用例の「この発明は点火栓電極軸の先端に貴金属チップ電極を電気溶接により接合する方法に関するものである。」(1頁左下欄17行ないし19行)との記載によれば、電極軸1の凹孔1aは電極軸1の先端として認識される部位の範囲内のものであり、この電極軸1の先端として認識される部位の範囲内において電極軸1の軸方向に向けて形成された凹孔1aの底面は、段差のある凹凸面によって形成された電極軸1の端面の一部を構成しているものというべきである。

第2引用例の「通電電流は電極軸側を主に流れて加熱し、チップ電極側は金具より直接又はスプリング及び押さえ棒を介して流れ」(2頁右下欄3行ないし5行)との記載によれば、第2引用例において、通電電流の一部は金具4から直接電極軸1へと流れるのであるが、通電電流の他の一部は金具4から直接チップ電極2へ、またスプリング4bおよび押さえ棒を介して間接的に流れ、チップ電極2で合流した電流は電極軸1へと流れるものであることが明らかである。

第2引用例の「加熱を伴っても金具の開口する孔の挿入部分は冷却され発熱することはない。」(2頁右下欄5行ないし7行)との記載によれば、第2引用例において、チップ電極2への通電によってチップ電極2が加熱されるものであることは当然に想定されていることが明らかである。

以上によれば、チップ電極2を通ってチップ電極2から電極軸1へと流れる電流は、チップ電極2の端面と電極軸1の凹孔1aの底面とが当接しているため、凹孔1a内におけるチップ電極2の端面部と凹孔1aの底面部とを電気抵抗によって加熱し、両者の溶接に寄与しているものであることは明らかである。

上記のとおり、チップ電極2を通ってチップ電極2から電極軸1へと流れる電流により、チップ電極2が加熱され、そして、凹孔1aの薄肉部分が加熱され軟化して膨らみが生じるのである。

審決は、かかる点を捉えて、第2引用例には、電極軸の端部が通電により加熱され軟化した際に、電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分、すなわち凹部を形成する薄肉部分の金具の端面に隣接した外周部分には膨らみが生じることが記載されていると認定したのである。

<2> 審決の、「第1引用例に記載された発明において、貴金属プレートを中心電極または接地電極に突合わせ抵抗溶接によって接合する場合、貴金属プレートと電極との間に平面的に溶接層を形成しただけでは、構造的に接合を補強することができず、貴金属プレートを電極に強固に固定することができないことは、当業者であれば容易に推認することができることといわなければならない。」(甲第1号証9頁5行ないし12行)との趣旨は、当業者であれば、第2引用例(甲第5号証)の記載事項(a)に記載されている技術的課題から容易に推認することができるというものである。すなわち、上記記載事項(a)のとおりの技術的課題は、第1引用例記載の発明における貴金属プレートと中心電極または接地電極との間の突合わせ抵抗溶接の場合にも該当することは明らかであるから、第1引用例記載の発明において、上記記載事項(a)のとおりの技術的課題を認識し、当該課題に着眼することは当業者にとって容易であると判断したものである。

次に、審決の、「貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されるものであることは、当業者であれば容易に予知することができることである。」(甲第1号証10頁9行ないし13行)とした点は、抵抗溶接というのは、溶接しようとする金属自体の電気抵抗を利用して、電流を通じた場合に抵抗中に発生する熱によって局部の温度をその金属の溶融温度以上、あるいは溶融温度より少し低い適当な高温にし、これに圧力を加えて接合する方法であって、本願出願前、周知の技術である(乙第2号証、154頁ないし155頁「1.3抵抗溶接法」)ところ、内燃機関用スパークプラグの中心電極の軸部を構成する中軸の先端側に中心電極の先端電極材料を抵抗溶接である「衝合溶接」により溶接する場合、溶接後の形状が中軸と先端電極材料との接触面が溶接されているとともに、溶接部の全外周には盛り上がり部を形成することは周知の現象であり(同第1号証、391図)、さらに、一対の金属製部材のうちの一方の部材の接合面を他方の部材の接合面に当接させ、両部材間に通電することによって両部材を抵抗溶接する際には、両部材の接合面の近傍は電気抵抗によって加熱されて軟化し、軟化した部材の材料は、接合面における他の部材側からの押圧力を受けて接合面に隣接する全外周に膨出し、盛り上がり部を形成することは抵抗溶接において、周知の現象であった(同号証、398図ないし400図(c))から、第2引用例の記載事項(b)のうち、「電極軸の端部は通電により加熱され、軟化する。」(甲第1号証7頁2行)との記載によって示唆を受けた当業者が、「一対の金属製部材のうちの一方の部材の接合面を他方の部材の接合面に当接させ、両部材間に通電することによって両部材を抵抗溶接する際には、両部材の接合面の近傍は電気抵抗によって加熱されて軟化する」という周知の現象を想起し、第1引用例記載の発明において、貴金属プレートを中心電極又は接地電極に突合わせ抵抗溶接によって接合する際、貴金属プレートと電極との接合面の近傍は電気抵抗によって加熱されて軟化するということを容易に予知し、さらに、第2引用例の記載事項(b)のうち、「電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分には膨らみが生じる」(甲第1号証7頁3行ないし5行)との記載によって示唆を受けた当業者が、「軟化した部材の材料は、接合面における他部材側からの押圧力を受けて接合面に隣接する全外周に膨出し、盛り上がり部を形成する」という周知の抵抗溶接に伴う現象を想起し、第1引用例記載の発明において、貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されることを容易に予知することができると判断したものである。

さらに、審決が、「貴金属プレートと電極との接合が強固となり、偏平形状の貴金属プレートであっても、貴金属プレートが電極から剥離しやすいといった問題を回避することができることは、当業者であればごく自然に予測することができることである。」(甲第1号証10頁18行ないし11頁2行)とした点は、第2引用例の記載事項(c)から示唆を受けた当業者であれば、貴金属プレートの平面部の全外周に電極より成る当該盛り上がり部が形成され、当該盛り上がり部が貴金属プレートの周側面に接していれば、貴金属プレートと電極との接合が強固となり、偏平形状の貴金属プレートであっても、貴金属プレートが電極から剥離しやすいといった問題を回避することができることは、ごく自然に予測することができることである。

したがって、審決の相違点についての認定及び判断は正当である。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立についてすべて当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(特許請求の範囲の記載)、3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由の要点中、本願発明の要旨、第2引用例の記載事項(a)及び(c)、本願発明と第1引用例記載の発明との相違点は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2、第3号証(本願発明に係る特許出願公告公報、平成4年9月28日付け手続補正書、以下、総称して「本願明細書」という。)によれば、本願発明は耐消耗性を向上させた内燃機関用スパークプラグ(以下「スパークプラグ」という。)に関するものであること、従来公知の貴金属チップを有するスパークプラグは、別紙図面4の第1、2図に示すように、貴金属チップ5を加締め後、抵抗溶接を行なうか、同第3図の如く単に通常の抵抗溶接を行なうという方法で、貴金属チップが中心電極3若しくは接地電極4に固定されているが、(1)貴金属をチップ状にして加締めるため、貴金属量が多くなり、非常にコストアップとなる、(2)加締め後、抵抗溶接を実施する方法は、加締める必要があるため凹部3bを作るなど構造が複雑となり、特に接地電極4で加締め形状を作るのは非常に困難であり、量産する上で非常に問題がある、(3)単に抵抗溶接を行う方法では溶接後の信頼性が問題となるので、従来では、白金ロッドを高周波炉により溶融させた中心電極に挿入することにより、中心電極の端面に円錐ヘッドが形成され、この円錐ヘッドにより、強固に白金ロッドを中心電極内に固定することが行なわれてきたが、このような構成では白金ロッドを使用するために、非常に高価なプラグとなってしまうという問題が生じていたこと、本願発明では、貴金属チップをプレート状になして貴金属の大きさを小さくできたにもかかわらず、容易に貴金属プレートを電極に強固に固定可能とさせることを目的として、中心電極の径小部又は中心電極の径小部に対向する接地電極のいずれか一方に設置され、他方の電極に対向する平面部を有する偏平形状の貴金属プレートと、一方の電極に貴金属プレートを固定するように、該電極に形成され、かつ貴金属プレートの平面部の全外周に形成される前記一方の電極より成る盛り上がり部とからなるスパークプラグを提供するもので、上記構成とすることにより、貴金属プレートの電極への固定の際、貴金属プレートの平面部を全周より一方の電極より成る盛り上がり部によって固定することができるので、偏平形状の貴金属プレートであっても確実に電極に固定することができるという作用を奏すること(甲第2号証1欄22行ないし3欄20行、同3号証2頁7(2)、(3))が認められる。

3  取消事由について

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)について

<1>  第1引用例の記載事項について

審決は、第1引用例に、「胴部(同図において中心電極の上部20’として示されている。)よりも小さい径小部(同図において熱良導充填剤16’が充填された中心電極の下部として示されている。)が先端に形成された中心電極」が記載されていると認定した(甲第1号証5頁8行ないし12行)が、甲第4号証(米国特許第2296033号明細書、1942年9月15日特許、第1引用例)の第2図に、径の大きい上方部20’と熱良導充填剤16’が充填された径の小さい下方部(以下「下方部16’」という。)とから成る中心電極が示されていることは、原告も明らかに争わない。

原告は、審決の上記認定の前提である、本願発明の「胴部」、「径小部」が、それぞれ、第1引用例における「中心電極の上部20’」、「熱良導充填剤16’が充填された中心電極の下部」に相当するとの判断を争うので、まず、本願発明の「胴部」及び「径小部」の意義について検討する。

原告は、本願発明における「胴部よりも径の小さい径小部が先端に形成された中心電極」との構成要件は、中心電極の先端部に特別に径小部が形成されていることを規定することで、貴金属チップが小さいものになっていることを構成上明らかにするものであると主張する。

乙第1号証(電氣點火 松井憲紀著 有象堂出版部発行特許庁受入 昭和18年12月30日)によれば、内燃機関用スパークプラグにおいて、中心電極は、絶縁体(本願発明の絶縁碍子に相当する。)の中心線に沿って縦方向に貫通し、中心電極のねじ部を利用して絶縁体によって保持され、その基端側は絶縁体の外部まで延び、接続端子に連結され、先端側の部分が胴部よりも直径が小さい径小部となっている構成(369頁ないし370頁)を有することが一般的であると認められる。

そして、甲第5号証(特開昭51-87637号公報、第2引用例)の「点火栓の電極が細くなる程、放電電圧が低下し着火性が向上するが、電極が細くなると加熱を受け易く、放熱作用が悪くなって温度が高くなるため現状のニッケル合金では電極消耗が大きく」(1頁左下欄20行ないし右下欄4行)との記載によれば、点火栓において、着火性を向上させるためにその先端を細くしかつ電極消耗が大きくならないように放熱作用を向上させること、すなわち、着火性及び放熱性の両方を満足させることが点火栓の先端に形成される径小部の有する技術的意義であると認められる。

前記2のとおりの本願発明の概要によれば、本願発明は従来の棒状の貴金属チップあるいはロッドをプレート状になして貴金属の大きさを小さくすることにより、コストをさげ、かつ、貴金属プレートの電極への固定の際、貴金属プレートの平面部を全周より一方の電極より成る盛り上がり部によって固定することにより、偏平形状の貴金属プレートを電極に強固に固定可能とすることを目的にしたものであることが認められるが、本願発明の特許請求の範囲には、径小部の細さ、長さ及び中心電極における位置関係は何ら規定されておらず、発明の詳細な説明の項においても、径小部の技術的意義について直接的に言及した記載は認められない。したがって、「胴部よりも径の小さい径小部が先端に形成された中心電極」との構成が貴金属チップが小さいものになっていることを構成上特に明らかにしたものとは解されず、本願発明の「径小部」は、前記のとおりの一般的な技術的意義を持つ、点火栓の先端に形成される径小部と同意義であると認められ、中心電極の先端部の先にさらに形成された特別な径小部を意味するものとは認められない。

次に、第1引用例に記載された「下方部16’」、「中心電極の上部20’」の意義について検討する。

第1引用例の第2図(別紙図面2の第2図参照)によれば、第1引用例記載の発明における下方部16’は火花を発する先端にさらに径の小さい部分を構成していないため、下方部16’全体として、点火栓の先端に形成される径小部としての着火性の機能を満足するものと解され、また、放熱性については、熱良導充填剤を用いていることにより、当然に満足させられると解されるから、下方部16’は点火栓の先端に形成される径小部の機能を満足しているものと認められる。

したがって、第1引用例記載の発明において、径の大きい上方部20’を中心電極の胴部としてみることができ、径の小さい下方部16’が、中心電極の先端の径小部を構成していると解することができるから、本願発明の「胴部」、「径小部」が、それぞれ、第1引用例記載の発明における「中心電極の上部20’」、「下方部16’」に相当するとの審決の認定判断に誤りはない。

<2>  以上のとおり、第1引用例には径小部が形成されているのであるから、審決の本願発明と第1引用例記載の発明との一致点の認定に誤りはなく、したがって、この点に関する相違点の看過もなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

<1>  第2引用例の記載事項(b)について

第2引用例(甲第5号証)の第1図(別紙図面3の第1図参照)及び明細書の発明の詳細な説明の項の「接合工程は、第1図(A)に示すように凹孔1aを穿設した電極軸1とチップ電極2を第1図(B)に示すように電極軸1の凹孔1aを下方にしてチャック3に固着し、チップ電極2を金具4の開口する孔4a内部の押え棒4c上に挿入したのちチャック3を上方から降下させると電極軸1の凹孔1aにチップ電極2の一端側部分が嵌入せられると共に押圧棒4cを介してスプリング4bが作用してチップ電極2の他端側端面で軸方向に押圧力を与え、引続いて降下すると第1図(C)に示すように金具4の開口する孔4aにチップ電極2が挿通しっゝ電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧する。この状態で溶接トランス6を用いた電源から大電流を流し電極軸側を通電することにより、電極軸1の凹孔1aに嵌挿されたチップ電極2の埋設部2aの接面を溶接したのち金具4の接触端面より離れて上方に戻り接合した状態を第1図(D)に示す。なお、上記の方法では電極軸1の凹孔1aの端面1bを押圧するため電極軸1の先端の外周部分に膨らみを生じる」(2頁右上欄10行ないし左下欄10行)との記載によれば、電極軸1の端面とは、上記第1図に1bとして示された箇所であり、1bが金具4の接触端面4dと当接し、電極軸の凹孔1aの凹部の箇所にチップ電極2の埋設部2aが嵌入するものであることが認められ、電極軸1の端面1bとチップ電極2とは当接しないものと認められる。

被告は、電極軸1の凹孔1aは電極軸1の先端として認識される部位の範囲内のものであり、この電極軸1の先端として認識される部位の範囲内において電極軸1の軸方向に向けて形成された凹孔1aの底面は、段差のある凹凸面によって形成された電極軸1の端面の一部を構成しているものというべきであると主張するが、上記「電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧する。」との記載によれば、接触端面4dで押圧される電極軸1の端面1bは凹孔1aの底面を含むものではないと認められ、被告の上記主張は採用できない。

さらに、審決は、第2引用例の記載事項(b)として、「チップ電極側から電極軸側へと押圧力を与えた状態でチップ電極と電極軸との間に通電すると、チップ電極と電極軸との接触面が溶接されるとともに、電極軸の端部は通電により加熱され、軟化する。このとき、電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分には膨らみが生じる(2頁右上欄17行ないし左下欄10行)。」と認定した。

しかしながら、審決が引用した第2引用例の「押圧棒4cを介してスプリング4bが作用してチップ電極2の他端側端面で軸方向に押圧力を与え、引続いて降下すると第1図(C)に示すように金具4の開口する孔4aにチップ電極2が挿通しつゝ電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧する。この状態で溶接トランス6を用いた電源から大電流を流し電極軸側を通電することにより、電極軸1の凹孔1aに嵌挿されたチップ電極2の埋設部2aの接面を溶接したのち金具4の接触端面より離れて上方に戻り接合した状態を第1図(D)に示す。なお、上記の方法では電極軸1の凹孔1aの端面1bを押圧するため電極軸1の先端の外周部分に膨らみを生じる」(2頁右上欄17行ないし左下欄10行)との記載によれば、通電により加熱が行なわれるのは、電極軸1の凹孔1aにチップ電極2の一端部分が嵌挿されるとともに押圧棒4cを介してスプリング4bが作用してチップ電極2の他端側端面で軸方向に押圧力を与え、引き続いて降下すると金具4の開口する孔4aにチップ電極2が挿通しつつ電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧するという状態下であるところ、電極軸1に通電電流はすべて流れるから、第2引用例の「通電電流は電極軸側を主に流れて加熱し、チップ電極側は金具より直接又はスプリング及び押え棒を介して流れ加熱を伴っても金具の開口する孔の挿入部分は冷却され発熱することはない。」(2頁右下欄3行ないし7行)との記載中の「通電電流は電極軸側を主に流れて加熱し」の趣旨は、通電電流は、主として金具4から、チップ電極を介することなく、電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを通過して、直接電極軸側に流れ、端面1bを加熱軟化せしめる趣旨であると解される(被告も、第2引用例において、通電電流の一部は金具4から直接電極軸1へと流れることは認めている。)。そして、上記「電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧する。この状態で溶接トランス6を用いた電源から大電流を流し電極軸側を通電することにより、電極軸1の凹孔1aに嵌挿されたチップ電極2の埋設部2aの接面を溶接」との記載は、直接電極軸側に流れた電流は端面1bを加熱軟化せしめる一方、金具より直接又はスプリング及び押え棒を介してチップ電極に流れる電流によって、チップ電極2の埋設部2aの接面の溶接が行なわれる趣旨であると解される。

上記及び第2引用例の「電極軸1の先端の凹孔1aの端面1bを金具4の接触端面4dで押圧する。…、上記の方法では電極軸1の凹孔1aの端面1bを押圧するため電極軸1の先端の外周部分に膨らみを生じる」(2頁左下欄1行ないし10行)との記載によれば、第2引用例に記載された「膨らみ」とは、チップ電極と電極軸とを溶接するに必要な電流とは別に(すなわち、溶接面を通らない)金具から直接電極軸側に流れる電流により、凹孔1aの周囲の薄肉部分が加熱され軟化されるとともに、端面1bが金具4の接触端面4dで押圧されたため生じた、第1図(D)(別紙図面3の第1図参照)にkとして示された電極軸1の先端の外周部分に見られる放射方向の膨らみであって、チップ電極を電極軸の端面に当接させ押圧することによって生じるものではないと認められる。

被告は、チップ電極2を通ってチップ電極2から電極軸1へと流れる電流は、チップ電極2の端面と電極軸1の凹孔1aの底面とが当接しているたあ、凹孔1a内におけるチップ電極2の端面部と凹孔1aの底面部とを電気抵抗によって加熱し、両者の溶接に寄与しているものであるから、チップ電極2を通ってチップ電極2から電極軸1へと流れる電流により、チップ電極2が加熱され、そして、電極軸1の凹孔1aの薄肉部分が加熱され軟化して膨らみが生じると主張する。

しかしながら、被告主張のようにチップ電極2を介して電極軸1に流れる電流から生じる抵抗熱による軟化が電極軸1の凹孔1aとチップ電極2の埋設部2aとの溶接面で生じるにしても、上記のとおり、電極軸1の先端の外周部分の放射方向の膨らみは、電極軸1の凹孔1aとチップ電極2の埋設部2aとの溶接面で生じるチップ電極2に加わる押圧力によるものではないから、被告の上記主張は採用できない。

<2>  相違点の判断について

本願明細書の「中心電極3の径小部3bの先端面に貴金属プレート5を接合する際には、この径小部3bの先端部に貴金属プレート5を載せ、抵抗溶接に用いる図示しない電極を中心電極3および貴金属プレート5のそれぞれに接続させる。そして、この電極間に電流を流すことによって、中心電極3と貴金属プレート5との間に接触抵抗による、抵抗熱を生ぜしめ、この熱を利用することによって、中心電極3の径小部3bの母材の一部を軟化させるとともに、貴金属プレート5を径小部3bに対して加圧することにより、貴金属プレート5が径小部3bに埋没することによって中心電極よりなる上記盛り上がり部3cが形成されるのである。」(同第2号証4欄22行ないし34行、同4号証2頁7(4))、「中心電極3に貴金属プレート5を接合した時と同一条件にて、接地電極4には貴金属プレート6を固定した。」(同第2号証4欄39行ないし41行)との記載及び第5図(別紙図面1の第5図参照)によれば、本願発明の「盛り上がり部」は、中心電極あるいは接地電極(第2引用例の発明における電極軸に相当する。)の先端面に貴金属プレート(第2引用例の発明におけるチップ電極に相当する。)を当接し、電極を中心電極あるいは接地電極及び貴金属プレートのそれぞれに接続して、この電極間に電流を流すことによって、中心電極あるいは接地電極と貴金属プレートとの間に接触抵抗による抵抗熱を生ぜしめ、この熱を利用することによって、中心電極あるいは接地電極の母材の一部を軟化させるとともに、貴金属プレートを中心電極あるいは接地電極の先端面に対して加圧することにより、貴金属プレートが中心電極あるいは接地電極の先端面に埋没することによって、貴金属プレートの平面部の全外周に電極軸方向に形成されるものと認められる。

しかるところ、前記<1>のとおり、第2引用例において、チップ電極2の一端側は電極軸1の凹孔1aに嵌挿され、電極軸1の端面1bに当接せず、電極軸1の端面1bは金具に直接当接して、金具4の接触端面4dで押圧されるものであって、チップ電極2を介さずに主として金具から電極軸へ流れる電流により、電極軸1の凹孔1aの薄肉部分が加熱され軟化することによって、電極軸1の先端の外周部分に放射方向の膨らみが生じるものであるから、第2引用例に記載された膨らみと本願発明における「盛り上がり部」とは、その形成方向において相違する。

そうすると、第2引用例に記載された電極軸1の端面1bは金具に直接当接して、金具4の接触端面4dで押圧された状態で形成される放射方向の膨らみから、貴金属プレート側から電極側へと押圧力を与えた状態で電極軸方向に形成される本願発明の「盛り上がり部」を予知することは当業者にとって容易であると認めることはできず、したがって、審決が、第2引用例に記載された膨らみを根拠にして、

「第1引用例に記載された発明において、電極の材料を適切に選択し、貴金属プレートが接合される電極側の面の面積を適切な大きさに設定しさえすれば、貴金属プレートを電極側の接合面に当接させ、貴金属プレート側から電極側へと押圧力を与えた状態で貴金属プレートと電極との間に通電することによって、貴金属プレートと電極との接触面が溶接されるとともに、貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されるものであることは、当業者であれば容易に予知することができる」(甲第1号証10頁2行ないし12行)と判断したことは誤りであり、したがって、取消事由2は理由がある。

被告は、一対の金属製部材のうちの一方の部材の接合面を他方の部材の接合面に当接させ、両部材間に通電することによって両部材を抵抗溶接する際には、両部材の接合面の近傍は電気抵抗によって加熱されて軟化し、軟化した部材の材料は、接合面における他の部材側からの押圧力を受けて接合面に隣接する全外周に膨出し、盛り上がり部を形成することは抵抗溶接において、周知の現象であるから、第2引用例の記載事項(b)のうち、「電極軸の端面が金具の端面により押圧されていると、金具の端面により押圧された部分の外周部分には膨らみが生じる」(甲第1号証7頁3行ないし5行)との記載によって示唆を受けた当業者が、上記周知の現象を想起するから、第1引用例記載の発明において、貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されることを容易に予知することができると主張する。

なるほど、前掲乙第1号証の400図(c)には、点火栓の中軸と先端電極材料との衝合溶接において、中軸と先端電極材料との接触面に沿って、一方の材料が他方の材料に少し被さるような形状になることが図示されていると認められるが、同図(a)、(b)及び同図の説明(385頁2行ないし3行)を合わせみれば、その形状は、顕微鏡写真で確認できる程度のものであって、本願発明の構成要件である「盛り上がり部」とは到底いえないと認められる。したがって、抵抗溶接において、乙第1号証の400図(b)及び(c)に開示されているような形状になることが周知の現象であるとしても、第2引用例の第1図(D)に記載されているような電極軸の先端部分の外周の膨出から、当業者が、第1引用例記載の発明において、貴金属プレートの平面部の全外周には、当該電極より成る盛り上がり部が形成されることを予知することは容易ではないと認められる。したがって、被告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおり、審決の判断に誤りがあり、かかる判断の誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

4  よって、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面4

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別紙図面2

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別紙図面3

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